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Playmakers Sendai






デュオニュソス的アッペトッペ


 「童謡」や「児童文化」という言葉は天江富弥やスズキヘキが活動し始めた大正時代頃に使われはじめた比較的あたらしい言葉だと言う事を知った。それ以来、しっかりとした定義が定まらずに個々の解釈によって説明されて来た言葉だ。ある時は”教育産業”の中で、ある時は”児童教育”の中で、ある時は”文化”の中で使われる。しかし「童謡」を介して出会ったヘキや富弥らはそんな事はよそ目に、「子供の為」という詩作では無く、独自の詩を追求し、その結果がたまたま「童謡」と呼ばれた/呼んだ、だけだという印象を受ける。お金にするつもりは無く、教育に取り込まれるのは嫌いで、芸術家も嫌い。しかし、表現をする事、表現を分かち合う事は大好きで、童謡専門雑誌の創刊、ストリートライブ、大規模な講演会、自然科学と芸術を取り入れた林間学校など、アーティストイニシアティブによって多種多様な企画や場を仕掛けてしまう。いわゆるカギカッコ付きの「芸術家」を嫌った彼らの方こそ「モダニスト」であり「芸術的」であったと思う。

 従来の形式に捕われない彼らの活動からは学ぶものが多くある。彼らが創刊した日本最初の童謡専門雑誌「おてんとさん」は東京を介在させずにインターローカルなネットワークを促進させた。スズキヘキは「原始童謡論」や「カタカナシ」により方言と音を大切にし、郷土研究家とも言われる富弥は、東北各地に伝承されていた文化をユーモラスに再解釈し実践した。日本全国が標準化されはじめた時代の中に居ながら、地域の価値に目を向け、新たな実践に繋げた。およそ100年経つ現在においても、彼らの提起は有効である。

 今回のプロジェクトでは当時の活動から幾つかを引用し、なぞらえたイベントを企画した。急ぎすぎたグローバルスタンダードの反動が世界中で吹き荒れる現在において、彼らの振る舞いから学ぶものは多い。地方の中のニッチと丁寧に対峙する事で、場が作られ、仲間がつくられ、文化がつくら、ネットワークがつくられていったのだろう。これはカタカナシ記念公園での多くの出会いから実感した事であり、その為のstudyだったと位置付けられるのではないか。そして12月26日に会期を終えて、この展覧会を開催した事が新たな出発点だった事に気が付いた。今回の沢山の出会いが、枝葉の様に仙台の大空から再びインターローカルに広がって行く事を今後に期待したい。

(artnodeジャーナルへの寄稿文より)



作品タイトル/ Title:アッペトッペ=オガル・カタカナシ記念公園/ Playmakers Sendai

制作年/ Year:2016

素材/ Medium:楠木で作ったギミック付き巨大こけし2体など、ミクストメディア/ Mixed media

サイズ:展示室全体を使ったインスタレーション


せんだい・アート・ノード・プロジェクト/せんだいメディアテーク

地下鉄東西線 国際センター駅 2階青葉の風テラス

宮城県仙台市/ Miyagi,Japan


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